江姫のふるさと
幼き日を母や姉妹たちと過ごした江姫ゆかりの地・津市を訪ねてみよう。
来拜访与江姬有渊源之地——津市吧~在这里江姬与母亲姐妹度过了童年。
江の系図
織田信長の妹、お市の方を母に持ち、茶々(淀)、初とともに浅井三姉妹として戦国を生きた女性、江姫。
江姬——织田信长的妹妹阿市之女,与茶茶(淀)、初这浅井三姐妹生活于战国之世。
三重の「津」
その江姫の人生の原点が、幼き日を過ごした三重の「津」にあります。江姫ゆかりの地をめぐりながら、彼女たちが生きた時代に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。
而江姬人生的原点就在度过其童年的三重的“津”。让我们来游历与江姬有着渊源的地方,来畅想她们生活过的时代吧。
伊勢上野城跡
1573年の近江国小谷城の落城後、江と二人の姉、母・お市が最初に移り住んだ城。江は、安濃津城へ移るまでの7年間をここで過ごしたといわれている。城跡は現在、本城山青少年公園として整備されており、城郭の跡のみが残っている。園内にある展望台には江の肖像画などを展示した資料室がある。
1573年近江国小谷城城陷后,江与两个姐姐、母亲阿市最先移居到这座城。据传江在移居安浓津城之前在此城住了7年。城址现已改建为本城山青少年公园,只有城郭残存。园内的瞭望台上有资料室,展示有江的肖像画等物品。
高田本山専修寺
浄土真宗高田派の総本山であり、宗祖親鸞聖人のお教えを受け継ぐ寺院。なかでも国の重要文化財に指定されている御影堂(みえいどう)は、739畳敷という全国屈指の大御堂。
这是净土真宗高田派的总本山,其寺院接受宗祖亲鸾圣人的教诲。其中还有指定为国家重要文化遗产的御影堂,其739张榻榻米的占地也是全国屈指可数的大御堂。
津城跡
1580年に織田信長の弟信包が安濃津城を築城。江たちも伊勢上野城から安濃津城に移り、1582年の本能寺の変で信長がこの世を去るまでの2年間、母子4人が平和に暮らしたといわれている。
1580年织田信长之弟信包筑安浓津城。江一行人也从伊势上野城移居到安浓津城,1582年本能寺之变中信长辞世的2年间,据说母女四人生活得很平和。
四天王寺
正称は塔世山四天王寺で、曹洞宗の中本山。推古天皇の勅願による聖徳太子の建立と伝えられており、平安時代には当地方でもっとも栄えた寺院。信長の生母土田御前の墓石がある。
正式名称是塔世山四天王寺,是曹洞宗的中本山。据传这是受推古天皇敕命由圣德太子建立,平安时代是当地香火最盛的寺院。在此还有信长生母土田御前的墓碑。
津のうなぎ
現地に行ったら、絶対食べたい!津に代表するご当地グルメ「津のうなぎ」。
去当地绝对要吃!津代表性的本地美食“津鳗鱼”。
普段のお昼、晩御飯、商談や接待、宴会などなど…津では、うなぎがよく食べられています。なんと、津は日本全国で一人当たりのうなぎの消費量が一位だったことも。 津の家庭それぞれが、ひいきのお店があるのは普通で、三世代、四世代にわたって通うこともあるのだとか。
平常的午饭、晚饭、商谈、接待及宴会等等……在津这儿都常能吃到鳗鱼。而津的人均鳗鱼消费量竟高居日本第一。津的每个家庭通常都有偏爱的店铺,据说会一家连续三代、四代都去光顾。
いわば、「津のうなぎ」は津の市民にとってのソウルフード!!街中に点在する数多くのお店はそれぞれ個性を打ち出して人気を博しています。 津に訪れた際にはぜひ「津のうなぎ」の食べ比べをしてみては?津市内のうなぎ屋さんが一目でわかるガイドマップ『うまっぷ』も人気です。
要说的话,“津鳗鱼”对津的市民来说是灵魂食物!!散布街上的为数众多的店铺打出各自的个性以博取人气。走访津时,请务必品尝“津鳗鱼”来比较一番,意下如何?津市内的鳗鱼料理店那让人一目了然的导游图“好吃地图”也是大受欢迎。