天声主笔 离别箴言
あまたの別れを残して、春がたけていく。出会いなくして別れなし。出会いを悔やむほどの感傷ではないが、小欄との別れは過去の異動とは別物である。最後に、忘れ難き方々について少しばかり
留下了诸多的离别,春天走向了纵深。没有相遇便无所谓离别,尽管谈不上懊悔相遇造成的感伤,但与敝栏目的告别还是和过去的调动不能等同。在此最后离别之际,我想介绍一些令人难忘的凡人琐事。
茨城のNさんご夫妻。3年前、樹木葬を巡る拙文が縁で、お嬢様の埋葬祭に参列した。34歳で乳がんに倒れたその人は、母親として男の子に走り書きを遺(のこ)していた。「いっぱいおでかけにつれていってもらうんだよ」。大丈夫、ご覧の通りです
首先是茨城的N先生夫妇。3年前,因为一篇关于树葬的拙文而结缘,还参加了其女儿的下葬礼。年仅34岁便因乳腺癌而病倒的她,作为母亲曾给女儿的男朋友笔走龙蛇地写下了一纸便笺,“她可总想着你带着她外出旅游哦。”没关系,你看这里风景多好。
本人が望んだローズマリーと共に、山桜が墓所を守る。満開を待つ胸中を、お便りで知った。「その時は、私ども二人に安らぎをくれるこの場所で、娘に『ありがとう』と祈りたいと思っています」
山樱与其本人所期望的迷迭香一起守护者墓地,从便笺中可以得悉老两口心中期盼鲜花盛开的想法,“到时候,我们就在这给我们宽慰的地方为女儿祈福,对女儿说声‘谢谢!’”
東京の「葉(よう)画家」Gさんは気力を筆先に集め、植物の細密画を描く。病と闘いながら、江戸野菜に向き合う日々。近着のメールに「私にとって1月8日は『いい葉の日』です。人生で最も記憶に残る喜びの日でもあります」とある。5年前、彼女を取り上げた日をありがたく思い出した
东京的“叶画家”G先生将气力集中于笔端,细致地描绘着植物画。她的每一天就是在同疾病斗争的同时面对着这些江户蔬菜。在最近发给我的邮件中写道,“对我来说,1月8日是‘好叶日(日语1月8日的谐音)’,也是人生中留下最美好记忆的日子”,这让我想起了5年前介绍她情况的那一天,令人珍惜。
岡山県倉敷市で食堂を営むM子さん。ほぼ毎日、感想を絵はがきで送ってくれる。柔らかな観察眼には多くを教えられた。優れた読み手の存在は、当コラムの誇りである
冈山县仓敷市经营餐厅的M子女士,几乎每天都会给我寄来写有感想的明信片。从她那柔和的观察目光中告诉了我很多东西,优秀读者的存在是敝栏目的自豪。
大震災を挟み、新一年生が小学校で送る6年を、ここに注いできた。文筆に卒業はない。厳しくも温かい恩師である読者との交流を糧に、外へと踏み出したい。東京は残花を惜しむ週末。ひとひら風に舞って、この国を、また好きになる。
大地震前后,我这名一年级新生将小学这6年全部身心倾注在了这里。文笔没有毕业一说,在我眼里读者是我既严厉又和蔼的恩师,我要带着与他们交流过程中所获得的精神食粮走向外面的世界。这是个东京的残花令人惋惜的周末,窗外樱花花瓣随风飘舞,装点着故土多么美好,喜爱之情不由地又上心头。
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