东北地震 两周年祭
歳月は気まぐれなランナーに似ている。のんびり流しているかと思えば、一転、歩を速めて移ろいもする。ひと続きの時の大河に、私たちのささやかな命は浮き沈み、現れては消える。震災被災者にとって、恐らくは激流のような2年が過ぎた
岁月就像是个焦躁不安的奔跑者,总以为会稳稳当当地流逝而去,可谁曾想它却一反常态加快了步伐奔向前方。在这奔流不息的时光长河里,我们这些纤弱的生命时浮时沉时隐时现,对于地震灾民来说,2年时间如同激流一般匆匆地过去了。
いや、時は止まることもある。宮城県名取市の会社員、桜井謙二さん(38)の悲嘆を本紙で読んだ。妻(当時36)と長女(同14)次女(同10)を、マイホームもろとも津波に奪われた
当然,时光也有停止脚步的时候。我在本报上读到了有关宫城县名取市公司职员樱井谦二先生(38岁)悲惨身世的报道。其妻子(当时36岁)和长女(当时14岁)、次女(当时10岁)连同自家房子一同被海啸吞噬了。
「みんな復興へと動いている。でも、私は家族を失ったという思いにとどまっています。そんな気持ちを口にすることも難しくなっている」。自宅跡の更地にたたずみ、3人との日々をただ感じているという
“都在为复兴而辛勤工作,可是我却止步在失去家庭的思念之中。这种心情很难张口表达。”听说,他总是伫立在自家房子的遗址处,感受着与3人共同度过的日日夜夜。
〈そのあとがある/大切なひとを失ったあと/もうあとはないと思ったあと/すべて終わったと知ったあとにも/終わらないそのあとがある〉。谷川俊太郎さんが先ごろ、本紙夕刊「今月の詩」の最終回に寄せた「そのあと」だ。絶望を生き抜く者への励ましが、静かに胸に迫る
〈还有之后/失去最珍惜亲人之后/觉得再没有之后的之后/想明白一切都已结束之后/还有永无终结的之后〉。这是谷川俊太郎先生前不久投稿给本报晚刊“本月诗歌”最末辑的诗歌“之后”。这首献给战胜绝望者的励志诗悄然无声震动着我的心房。
〈そのあとは一筋に/霧の中へ消えている/そのあとは限りなく/青くひろがっている/そのあとがある/世界に そして/ひとりひとりの心に〉。桜井さんの時間も、やがて、ゆっくりと動き始める
〈之后一路疾跑/消失在蒙蒙雾中/之后前景无限/广阔且朝气勃勃/它还有它的之后/而且,是在全世界/是在每个人的心里〉。看来,樱井先生的时间不久也会慢慢地开始起步。
先は見えない。だが見えずとも先はあって、被災者も、寄り添う国民も「そのあと」を生きてゆく。犠牲者は「私たちの分まで」と声をからしていよう。三回忌を区切りにできる人ばかりではないが、今は前を向きたい。
前方看不清楚,不过,即便看不清楚前方却仍然存在,灾民以及帮助他们的国民都将在这“之后”中生活下去。“再算上我们的!”那些死难者们想必都已喊哑了嗓子。希望不仅是那些可以揭开三周年祭帷幕的人们,而是我们大家都要向前迈进。
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